はじめに
本日より4回にわたり、ゲストライターの「そら」さんの投稿「甲子園を目指した日々」を掲載いたします。次回以降、毎週月曜日に記事を掲載する予定です。お読みいただく皆様、ぜひともご感想コメントをお願いいたします!
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<甲子園を目指した日々(第1回)>
進学した高校は、私立の野球強豪校だった。そこの野球部で高校の3年間を過ごしたのだが、今思い返すと、あの野球部で過ごした毎日は夢だったのかそれとも現実だったのか、わからなくなるときがある。あれほど何かに没頭した日々は、他には経験がない。
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本日より4回にわたり、ゲストライターの「そら」さんの投稿「甲子園を目指した日々」を掲載いたします。次回以降、毎週月曜日に記事を掲載する予定です。お読みいただく皆様、ぜひともご感想コメントをお願いいたします!
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<甲子園を目指した日々(第1回)>
進学した高校は、私立の野球強豪校だった。そこの野球部で高校の3年間を過ごしたのだが、今思い返すと、あの野球部で過ごした毎日は夢だったのかそれとも現実だったのか、わからなくなるときがある。あれほど何かに没頭した日々は、他には経験がない。
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私は現在、某所で事務職をするかたわら、少年野球のコーチを引き受けている。高校を卒業して20年近くが経つが、野球から離れたいとは思わない。また、息子が二人いるが、共に少年野球や中学の野球部に入部して、毎日頑張って野球をしている。将来は、私の母校に入学して甲子園を目指すんだそうだ。夢か現実か分からなくなるほどつらい思いをしたのに、なぜかうれしく思う。
何かに憑かれたように野球に没頭したあの頃を、これから振り返ってみたい。
私は「ドカベン世代」である。ドカベンが始まったのは小学校2年生の頃で、これが野球を始めたきっかけだ。よくいう「巨人の星」に影響を受けたのは、どちらかというと父親の世代に近いはずだ。「ドカベン」にあこがれた私は、すぐに地元の少年野球チームにはいり、進学した市立中学でも野球部に入部した。小学生のころはいろいろなポジションを経験したが、高学年・中学生の頃は、「エースで4番」だった。仲間うちでは、最も野球がうまかった部類だったと思う。
ある日、中学校に教育実習の大学生がやってきた。彼は後に私の母校になる高校の野球部のOBだった。私のピッチングを見て、「なあ、S高(母校の名前)のセレクションを受けてみないか?」と誘ってくれた。野球の強豪S高へのあこがれは持っていたし、有名大学の付属校なので、入学してしまえば大学進学も約束される・・・。
でも、私の通っていた中学から、数年前にS高にセレクションで入学した先輩がいて、事情があって野球部を退部せねばならなかったとき、同時に退学せざるを得なかった、という話を聞いていた。S高は野球の強豪校であると同時に、受験難易度が高いので有名だったから、セレクションで入学したにもかかわらず退部となった場合、授業についていけずに退学せざるを得なくなってしまうケースがあるのだ。
幸い成績はよいほうだったので、学力も考慮してもらった上でセレクションを受けてみた。つまり、セレクションで内申点を上げてもらいながら、学力も審査してもらう、という折衷方式だ。
結果、私はS高に進学することになった。S高では、野球部入部といってもランクがあり、ベンチ入りを狙える者は寮にはいり、ベンチ入りの見込みの少ない者は通学生となる。通学生になった場合、練習に参加することは少なく、どちらかというと裏方として野球部の運営をサポートする役回りとなってしまう。強豪校とはいえ、思春期に受けるには過酷な仕組みだったと思う。
幸い私は寮に入ることになったのだが、入寮日はなんと中学校の卒業式の翌日であった。また、中学の卒業式の前からS高の練習に参加していて、既に十分厳しさを感じていたので、入寮するのが嫌でたまらなかったことを覚えている。
【次回に続く】
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何かに憑かれたように野球に没頭したあの頃を、これから振り返ってみたい。
私は「ドカベン世代」である。ドカベンが始まったのは小学校2年生の頃で、これが野球を始めたきっかけだ。よくいう「巨人の星」に影響を受けたのは、どちらかというと父親の世代に近いはずだ。「ドカベン」にあこがれた私は、すぐに地元の少年野球チームにはいり、進学した市立中学でも野球部に入部した。小学生のころはいろいろなポジションを経験したが、高学年・中学生の頃は、「エースで4番」だった。仲間うちでは、最も野球がうまかった部類だったと思う。
ある日、中学校に教育実習の大学生がやってきた。彼は後に私の母校になる高校の野球部のOBだった。私のピッチングを見て、「なあ、S高(母校の名前)のセレクションを受けてみないか?」と誘ってくれた。野球の強豪S高へのあこがれは持っていたし、有名大学の付属校なので、入学してしまえば大学進学も約束される・・・。
でも、私の通っていた中学から、数年前にS高にセレクションで入学した先輩がいて、事情があって野球部を退部せねばならなかったとき、同時に退学せざるを得なかった、という話を聞いていた。S高は野球の強豪校であると同時に、受験難易度が高いので有名だったから、セレクションで入学したにもかかわらず退部となった場合、授業についていけずに退学せざるを得なくなってしまうケースがあるのだ。
幸い成績はよいほうだったので、学力も考慮してもらった上でセレクションを受けてみた。つまり、セレクションで内申点を上げてもらいながら、学力も審査してもらう、という折衷方式だ。
結果、私はS高に進学することになった。S高では、野球部入部といってもランクがあり、ベンチ入りを狙える者は寮にはいり、ベンチ入りの見込みの少ない者は通学生となる。通学生になった場合、練習に参加することは少なく、どちらかというと裏方として野球部の運営をサポートする役回りとなってしまう。強豪校とはいえ、思春期に受けるには過酷な仕組みだったと思う。
幸い私は寮に入ることになったのだが、入寮日はなんと中学校の卒業式の翌日であった。また、中学の卒業式の前からS高の練習に参加していて、既に十分厳しさを感じていたので、入寮するのが嫌でたまらなかったことを覚えている。
【次回に続く】
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コメント (1)
はじめまして。臨場感のある文面に引き込まれ読ませていただきました。高校時代の野球部はどこも他のクラブより桁違いの厳しさがあったように思えます。自分の母校は決して強豪校ではなかったのですが、夏にベスト8まで進んでくれ我々に応援を通し夢中にさせてもらった思い出があります。
これからの展開を楽しみにしております。
投稿者: かなやん | 2006年10月19日 21:57
日時: 2006年10月19日 21:57