はじめに
ゲストライターの「そら」さんの投稿「甲子園を目指した日々」第3回を掲載いたします。全4回の連載モノですので、先に第1回、第2回をお読みいただいたほうが面白いと思います。
●第1回(10月16日)はこちら
●第2回(10月23日)はこちら
お読みいただく皆様、ぜひともそらさんにご感想コメントをお願いいたします!
------------------------------------------------

はじめてベンチ入りをしたのは1年生の終わりの春(2年生になるちょっと前)の大会からだった。うれしいとかいう気持ちもあったが、すぐにヒザの半月版を故障して、ベンチ入りして1年くらいはケガと闘うことになってしまった。ヒザの調子がよくなるとすぐに「投げてみろ」と言われ、また痛めてしまうことを繰り返した。
人気blogランキングへ
ゲストライターの「そら」さんの投稿「甲子園を目指した日々」第3回を掲載いたします。全4回の連載モノですので、先に第1回、第2回をお読みいただいたほうが面白いと思います。
●第1回(10月16日)はこちら
●第2回(10月23日)はこちら
お読みいただく皆様、ぜひともそらさんにご感想コメントをお願いいたします!
------------------------------------------------

はじめてベンチ入りをしたのは1年生の終わりの春(2年生になるちょっと前)の大会からだった。うれしいとかいう気持ちもあったが、すぐにヒザの半月版を故障して、ベンチ入りして1年くらいはケガと闘うことになってしまった。ヒザの調子がよくなるとすぐに「投げてみろ」と言われ、また痛めてしまうことを繰り返した。
人気blogランキングへ
私としては、半月版が完治するまでピッチングをしたり、走ったりするのは控えたかったのだが、ベンチ入りしていたことがかえってアダになり、故障をいたわるなんてことは出来なかったのである。
最上級生、つまり3年生が出ない限り、試合も練習も大差はなかった。試合では当然走らされることはなかったが、ミスをすれば容赦なく叱責され、(半月板の件も含めて)体調に関係なく監督や先輩の言いなりになって試合に出なくてはならない。勝ち負けなんてどうだっていい、とすら思えた。
そんなわけで、1年生の終わりの春の大会から2年生にかけて、ベンチ入りできたものの、上級生に対する反感も強く、モチベーションはひどく下がっていた。2年生の夏の予選でチームが負けたときは、ここだけの話、「ざまあ見ろ」とさえ思った。しかもそのときに負けた相手は県立高校だった。当時のS高にとって、県立に負ける、というのはひどく屈辱的なことであり、それが余計に「ざまあ見ろ」という気持ちにさせてくれた。
2年生の秋からレギュラーになった。3年生は既に引退してしまっていたので、部内でも最上級生ということだ。高校の運動部では、多分S高だけじゃないと思うが、「3年は神、2年は人間、1年は石」と言われている。もはや走るのにも裁量が許され、気合い洗もしなくていい。ここから試合に勝ち、真に甲子園を目指すモードになったわけだ。
人気blogランキングへ
最上級生、つまり3年生が出ない限り、試合も練習も大差はなかった。試合では当然走らされることはなかったが、ミスをすれば容赦なく叱責され、(半月板の件も含めて)体調に関係なく監督や先輩の言いなりになって試合に出なくてはならない。勝ち負けなんてどうだっていい、とすら思えた。
そんなわけで、1年生の終わりの春の大会から2年生にかけて、ベンチ入りできたものの、上級生に対する反感も強く、モチベーションはひどく下がっていた。2年生の夏の予選でチームが負けたときは、ここだけの話、「ざまあ見ろ」とさえ思った。しかもそのときに負けた相手は県立高校だった。当時のS高にとって、県立に負ける、というのはひどく屈辱的なことであり、それが余計に「ざまあ見ろ」という気持ちにさせてくれた。
2年生の秋からレギュラーになった。3年生は既に引退してしまっていたので、部内でも最上級生ということだ。高校の運動部では、多分S高だけじゃないと思うが、「3年は神、2年は人間、1年は石」と言われている。もはや走るのにも裁量が許され、気合い洗もしなくていい。ここから試合に勝ち、真に甲子園を目指すモードになったわけだ。
人気blogランキングへ