はじめに
ゲストライターの「キルザキング」さんの投稿「ANGEL DUST」を掲載いたします。ハンドルネームからして、彼の音楽への思いがよく伝わってきますが、今回は、高校生の頃の思い出を語ってくれます
お読みいただく皆様、ぜひともご感想コメントをお願いいたします!
※画像はBヲタがwikipedia Commonsから探してきたもので、ただのイメージ画像です
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高校生の頃、ヘビメタ系のバンドを組んでいた。
バンド名は「ANGEL DUST」。
今でも現役で活動しているジャパニーズ・メタルの雄、「LOUDNESS」の代表曲名から戴いたバンド名だった。当然「LOUDNESS」の曲のコピーといくつかのオリジナルの楽曲をレパートリーとして持っていた。
当時、僕のパートはドラム。
他のメンバーはと言うと、さほどハイトーンではなかったが、ベビーフェイスで人気が高かったボーカルの「イチロー」と、当時の高校生としては、傑出した速弾きテクを持っていたギターの「ケイシ」、ヘビメタ特有のダークな雰囲気を演出することが得意な反面、素になるとバカばっかりやっていたムードメーカーのベースの「マサ」の4人編成だった。
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ゲストライターの「キルザキング」さんの投稿「ANGEL DUST」を掲載いたします。ハンドルネームからして、彼の音楽への思いがよく伝わってきますが、今回は、高校生の頃の思い出を語ってくれます
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※画像はBヲタがwikipedia Commonsから探してきたもので、ただのイメージ画像です
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高校生の頃、ヘビメタ系のバンドを組んでいた。
バンド名は「ANGEL DUST」。
今でも現役で活動しているジャパニーズ・メタルの雄、「LOUDNESS」の代表曲名から戴いたバンド名だった。当然「LOUDNESS」の曲のコピーといくつかのオリジナルの楽曲をレパートリーとして持っていた。
当時、僕のパートはドラム。
他のメンバーはと言うと、さほどハイトーンではなかったが、ベビーフェイスで人気が高かったボーカルの「イチロー」と、当時の高校生としては、傑出した速弾きテクを持っていたギターの「ケイシ」、ヘビメタ特有のダークな雰囲気を演出することが得意な反面、素になるとバカばっかりやっていたムードメーカーのベースの「マサ」の4人編成だった。
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当然、瀬戸内の小さな田舎町でのことである。
周りに比較するべきバンドも無く、自分たちの実力と人気は相当なものであると思い込んでいたものだ。「サニーサイド」というライブハウスを拠点として、ライブの度に、そこそこの人数を動員していた。僕たちは学年は同じだったのだが、通っている高校は別々だったので、学校が終わると馴染みの楽器店に集合し、定期的なスタ連(スタジオ練習)と、練習の無いときは店員たちとの音楽談義が日課だった。
ある日、その楽器店に一枚のポスターが貼られた。
「ライト・ミュージック・コンテスト'83」
YAMAHAの主催で行われた、日本全国のアマチュアバンドのコンテストで、各地域別に代表を選出し、最終的に日本でナンバーワンのアマチュアバンドを決定しよう、というイベントであった。(高校生に限ったものではなかったので、社会人のバンドの参加の方が多かったはずである。)
僕たちは、根拠も無く自信過剰であったので、迷わず出場することにを決めたのだ。
一次審査は、その楽器店での評価だ。そんなのは問題なくクリアし、二次審査へと進んだ。二次審査はライブ形式になっており、広島県西南地区の一次審査を通過したバンドを集めて1曲ずつ演奏させ、どこの誰だか分からない審査員たちが審査をした上で、広島県西南地区代表を1バンド選出する事になっていた。
僕たちANGEL DUSTは二次審査会場である、二つ隣の市の楽器店に勇んで出かけた。その楽器店の最上階がイベントホールになっており、僕たちはそこで自分たちの代表曲である「ANGEL DUST」を演奏し、見事最優秀を獲得した。
三次審査はというと、中国地区の代表を選出するためのイベントとなっており、中国地方代表の26組のバンドが出場することになったのである。場所は「がんねムーンビーチ」特設ステージ。瀬戸内に浮かぶ能美島という島のビーチのキャンプ場に作られたステージだった。
それは、身震いするような経験である。
それまでちっちゃなライブハウスでしか演奏をしたことが無かった高校生のバンドが、急に野外の大舞台に上ることとなったのだ、緊張しない訳がなく、気負わない訳がなかった。加えて審査員陣が、当時の時代を反映して福田裕彦・鳴瀬喜博などのフュージョン系のプロミュージシャンが渋い顔をそろえており、それがまた皆の緊張を煽ることとなっていた。
あとで考えると「ライト・ミュージック・コンテスト」である訳で、当然のように「ヘビメタバンド」は初めから不利なのだ。僕たちの他に2組のヘビメタバンドが出場していたが、いずれも高校生のバンドだった。そう、83年のアマチュアバンドはフュージョン全盛で、ヘビメタはやっと流行りはじめた頃だったのだ。
僕たちヘビメタチームは惨敗だった。
やはり賞を持って行ったのは、軒並みポップス系の社会人のバンドだった。
83年の夏のイベントは地区予選の最後まで勝ち進んでいたがここで潰えてしまったのだ。
敗れた僕たちは、大舞台で演奏した充実感と火照った頬を夜風に晒しながら帰路に就いた。瀬戸内の小島から電車を乗り継いで、数時間は掛かる帰り道だ。重い楽器を背負っている肩は痛んだが、それでも僕たちは笑っていた。
乗客の少ないローカル線の車両内で、人目もはばからず大声で「ANGEL DUST」を歌った。
人生の中でも特別な一日の特別な出来事を、皆がそれぞれに噛み締めていた。
「友情」という言葉を改めて知った18歳の夜だった。
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周りに比較するべきバンドも無く、自分たちの実力と人気は相当なものであると思い込んでいたものだ。「サニーサイド」というライブハウスを拠点として、ライブの度に、そこそこの人数を動員していた。僕たちは学年は同じだったのだが、通っている高校は別々だったので、学校が終わると馴染みの楽器店に集合し、定期的なスタ連(スタジオ練習)と、練習の無いときは店員たちとの音楽談義が日課だった。
ある日、その楽器店に一枚のポスターが貼られた。
「ライト・ミュージック・コンテスト'83」
YAMAHAの主催で行われた、日本全国のアマチュアバンドのコンテストで、各地域別に代表を選出し、最終的に日本でナンバーワンのアマチュアバンドを決定しよう、というイベントであった。(高校生に限ったものではなかったので、社会人のバンドの参加の方が多かったはずである。)
僕たちは、根拠も無く自信過剰であったので、迷わず出場することにを決めたのだ。
一次審査は、その楽器店での評価だ。そんなのは問題なくクリアし、二次審査へと進んだ。二次審査はライブ形式になっており、広島県西南地区の一次審査を通過したバンドを集めて1曲ずつ演奏させ、どこの誰だか分からない審査員たちが審査をした上で、広島県西南地区代表を1バンド選出する事になっていた。
僕たちANGEL DUSTは二次審査会場である、二つ隣の市の楽器店に勇んで出かけた。その楽器店の最上階がイベントホールになっており、僕たちはそこで自分たちの代表曲である「ANGEL DUST」を演奏し、見事最優秀を獲得した。
三次審査はというと、中国地区の代表を選出するためのイベントとなっており、中国地方代表の26組のバンドが出場することになったのである。場所は「がんねムーンビーチ」特設ステージ。瀬戸内に浮かぶ能美島という島のビーチのキャンプ場に作られたステージだった。
それは、身震いするような経験である。
それまでちっちゃなライブハウスでしか演奏をしたことが無かった高校生のバンドが、急に野外の大舞台に上ることとなったのだ、緊張しない訳がなく、気負わない訳がなかった。加えて審査員陣が、当時の時代を反映して福田裕彦・鳴瀬喜博などのフュージョン系のプロミュージシャンが渋い顔をそろえており、それがまた皆の緊張を煽ることとなっていた。
あとで考えると「ライト・ミュージック・コンテスト」である訳で、当然のように「ヘビメタバンド」は初めから不利なのだ。僕たちの他に2組のヘビメタバンドが出場していたが、いずれも高校生のバンドだった。そう、83年のアマチュアバンドはフュージョン全盛で、ヘビメタはやっと流行りはじめた頃だったのだ。
僕たちヘビメタチームは惨敗だった。
やはり賞を持って行ったのは、軒並みポップス系の社会人のバンドだった。
83年の夏のイベントは地区予選の最後まで勝ち進んでいたがここで潰えてしまったのだ。
敗れた僕たちは、大舞台で演奏した充実感と火照った頬を夜風に晒しながら帰路に就いた。瀬戸内の小島から電車を乗り継いで、数時間は掛かる帰り道だ。重い楽器を背負っている肩は痛んだが、それでも僕たちは笑っていた。
乗客の少ないローカル線の車両内で、人目もはばからず大声で「ANGEL DUST」を歌った。
人生の中でも特別な一日の特別な出来事を、皆がそれぞれに噛み締めていた。
「友情」という言葉を改めて知った18歳の夜だった。
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コメント (2)
久しぶりに覗いたらブログに楽しい思考を凝らしていたんですね!
キルザキングサンの投稿を読んでいて、昔の自分も思い出していました~!
高校生の頃って何かに夢中に打ち込んで、真っ直ぐな自分が居ましたよね~☆
友人達との繋がりも、とっても大切でかけがえのないものでした。
キルザキングサンのバンドの話も、とっても良かったです♪
投稿者: とみぃ☆ | 2006年11月06日 16:42
日時: 2006年11月06日 16:42
執筆された方に成り代わりレスいたします。
とみぃ☆さん、コメントありがとうございます。おっしゃるとおり、高校時代に一生懸命頑張っていたことって、今思い返してもすばらしい思い出ですよね!
私はどちらかというと勉強系だったんで、キルザキングさんの投稿を読んでうらやましいと思っています。
この経験って、きっと今に役立っていますよね。
投稿者: Bヲタ | 2006年11月06日 19:07
日時: 2006年11月06日 19:07