はじめに
ゲストライターの「モズライト」さんの投稿「バンドとともに歩く人生」の最終回を掲載いたします。全3回の連載モノですので、最初に第1回、第2回をご覧いただいたほうがわかりやすいです。
●第1回(10月24日)はこちら
●第2回(10月31日)はこちら
お読みいただく皆様、ぜひともご感想コメントをお願いいたします!
※今回のトップ画像は、モズライトさんが以前自主製作したCDのジャケット写真です。
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大学時代は、複数のバンドを掛け持ちして、いろんなことをやった。でも、中学の頃からズーッと、基本は「コピーバンド」だった。別にコピーが悪いとは思わないし、音楽性が低いとも思わない。要するにいつも楽器に触れていたかったし、バンドのアンサンブルがきれいに決まるのが楽しかったのだ。
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※今回のトップ画像は、モズライトさんが以前自主製作したCDのジャケット写真です。
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大学時代は、複数のバンドを掛け持ちして、いろんなことをやった。でも、中学の頃からズーッと、基本は「コピーバンド」だった。別にコピーが悪いとは思わないし、音楽性が低いとも思わない。要するにいつも楽器に触れていたかったし、バンドのアンサンブルがきれいに決まるのが楽しかったのだ。
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大学を出る頃、「演奏して食べていきたい」という思いはあった。でもいわゆる「スター」ミュージシャンじゃなくて、「スタジオミュージシャン」になりたいと思った。創作活動というよりは、楽器に触れていたかったから。結局、この思いは積極的に自らを動かすほどには強くならず、普通のサラリーマンになってしまった。
サラリーマンをしながら、バンド活動も続けていた。大学を出て最初に入った会社は通勤時間がやたらと長く、バンド活動に支障が出たので、転職してしまった。そう、就職はしても、バンド活動は自分の生活の中心であることに変わりはなかったのだ。
一度、CDを製作したことがある。1993年のことだから、もう10年以上前のことになるが、ある有名企業がスポンサーになってくれたのだ。
このとき、初めておカネの心配をせずにバンド活動ができた。機材とか、スタジオの費用とか、全てスポンサーが負担してくれたのだ!確か総額で200万円くらい遣ったと思う。あくまでも位置づけは自主制作だったので、メジャーデビューした、ってわけじゃない。でも、このときのCDは宝物だと思っている。
もちろんバンド活動は今でも続けている。以前よりは割ける時間も減ってはきたが、バンドは今でも趣味以上の存在なのである。メンバーはもちろん、高校時代に知り合った地元の連中だ!
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サラリーマンをしながら、バンド活動も続けていた。大学を出て最初に入った会社は通勤時間がやたらと長く、バンド活動に支障が出たので、転職してしまった。そう、就職はしても、バンド活動は自分の生活の中心であることに変わりはなかったのだ。
一度、CDを製作したことがある。1993年のことだから、もう10年以上前のことになるが、ある有名企業がスポンサーになってくれたのだ。
このとき、初めておカネの心配をせずにバンド活動ができた。機材とか、スタジオの費用とか、全てスポンサーが負担してくれたのだ!確か総額で200万円くらい遣ったと思う。あくまでも位置づけは自主制作だったので、メジャーデビューした、ってわけじゃない。でも、このときのCDは宝物だと思っている。
もちろんバンド活動は今でも続けている。以前よりは割ける時間も減ってはきたが、バンドは今でも趣味以上の存在なのである。メンバーはもちろん、高校時代に知り合った地元の連中だ!
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