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2006年11月06日 17:40に投稿されたエントリーのページです。

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甲子園を目指した日々(最終回)

はじめに
ゲストライターの「そら」さんの投稿「甲子園を目指した日々」最終回を掲載いたします。全4回の連載モノですので、先に第3回までをお読みいただいたほうが面白いと思います。
●第1回(10月16日)はこちら
●第2回(10月23日)はこちら
●第3回(10月30日)はこちら
お読みいただく皆様、ぜひともそらさんにご感想コメントをお願いいたします!
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それは突然訪れた。ヒジを壊してしまったのだ。2年生の冬、ウォームアップをせずに投げた1球が原因だった。普段だったらそんなことはしなかったのに、たまたま茶目っ気を起こしてしまったのだ。100kg以上あった右手の握力は20kgを切るくらいに低下し、常にヒジに痛みを感じる状況が続いた。必ず完治すると信じていたので、自らレギュラーを返上し、ヒジをいたわった。しかし、高校を卒業するまでヒジが治ることはなく、大学で野球部に入ることもあきらめた。

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ヒジの痛みを感じなくなったのは25歳くらいだったが、その前に、大学では体育の教員を目指すべく進路希望を変更した。野球を続ける、つまり大学野球やプロ野球への夢が絶たれたことは残念だったが、付属高校で無事進学も出来たことだし、心機一転、大学生活をエンジョイできた。

今でも当時を振り返ると、複雑な気持ちになることもあるが、進路変更を含め、つらいことに耐えられるように精神力を鍛えてくれたのはS高の野球部であったことは間違いない。そして、ヒジを故障したことを教訓として、その後の生き方に役立ててきたつもりなので、後悔もしてはいない。

当時の野球部員とはめったに連絡を取らなくなってしまったが、断じて友情がなくなったわけではない。つながりの浅い友人の場合、つながりを維持するために頻繁に連絡を取ったり遊んだりするが、野球部の友人に対してはその必要がないのだ。つながりが消えることなどありえない。例えば冠婚葬祭の際には必ず全員集合する。いわば兄弟のようなものだ。男の兄弟って、時には何年も連絡をとらないこともあるが、絆がなくなることは決してない。だから、時候の挨拶なんて必要ないし、いざと言うときには最優先でお互い頼りにする。私にとって野球部の友人は、そんな感じのつながりなのである。

S高に行ったから今の私がある。人生の土台を作った3年間だったと思う。
【おわり】

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